三原の山に「岩の海」?久井岩海で聞こえる不思議な水音と8,600万年前の秘密

三原市久井町の山の中に、まるで海のように巨大な岩が広がる場所があることを知っていますか?その名も「久井岩海(くいがんかい)」。岩に耳を当てると、地下から水の流れる音が聞こえることもあるという不思議な場所です。約8,600万年前に生まれた岩石が、長い年月をかけて現在の景観をつくりました。国の天然記念物にも指定されている三原の知られざる自然遺産を、公式資料からひも解きます。
三原の山の中に「海」がある?
「三原に海がある」と聞けば、瀬戸内海を思い浮かべる人が多いでしょう。 ところが、三原市久井町には、海から離れた山の中にも「海」と呼ばれる場所があります。 その名は「久井岩海(くいがんかい)」。 もちろん、本物の海ではありません。 山の斜面に巨大な岩が無数に重なり、まるで岩でできた川や海のように広がっているのです。 場所は三原市久井町吉田。三原市最高峰の宇根山の山腹にあります。 岩の大きさは直径1〜7メートル。人の背丈を超えるような巨岩が、ゆるやかな谷に沿って帯状に続いています。 地元では「ごうろ」とも呼ばれてきました。 これは人工的に積み上げられた石ではなく、自然の働きによって生まれた景観です。 三原観光協会は、久井岩海を日本最大規模の岩海として紹介しています。 普段見慣れた三原の海とはまったく違う、もう一つの「海」が山の中にあるのです。
岩の海は一つじゃない!4つの「ごうろ」
久井岩海について調べると、さらに面白いことがわかります。 実は、一つの大きな岩の集まりではありません。 三原市のデジタルミュージアムによると、岩石群は3つの谷に分布し、4か所の「ごうろ」から構成されています。 それぞれの名前は、銭亀ごうろ、中ごうろ、小ごうろ、大ごうろ。 三原市の資料では、銭亀ごうろは幅約65メートル、長さ約550メートル。 中ごうろは幅約35メートル、長さ約350メートル。 小ごうろは幅約30メートル、長さ約130メートル。 大ごうろは幅約90メートル、長さ約350メートルと紹介されています。 指定区域の広さは約22ヘクタール。 ちなみに、文化庁の解説では銭亀ごうろの長さが500メートル、中ごうろが400メートルと記載されています。資料によって数値に違いがあるため、厳密な長さを比較する場合には注意が必要です。 それでも、数百メートルにわたって巨岩が続く景観は、三原の自然が生み出した驚きの一つです。
岩の誕生は約8,600万年前!どうしてこんな姿に?
では、これほど大量の巨岩は、どうやって生まれたのでしょうか。 三原市の資料によると、久井岩海を構成する岩石の起源は、約8,600万年前にさかのぼります。 当時、宇根山付近の地下深くでマグマが冷えて固まり、「花崗閃緑岩(かこうせんりょくがん)」という岩石ができました。 ただし、約8,600万年前に現在の岩海の景色が完成したわけではありません。 そこから長い年月をかけて、大地の隆起や侵食が進み、地下にあった岩石が地表近くへと現れてきました。 岩石には割れ目ができ、そこから水などが入り込んで風化が進みます。 風化とは、岩石が少しずつ壊れたり、性質が変化したりすることです。 周囲の岩石は砂状の「マサ土」へと変わり、雨水や地下水などによって運び去られていきました。 一方、内部の硬い部分は残ります。 こうして、谷に巨大な岩石が積み重なった現在の岩海が形成されたと考えられています。 つまり、久井岩海は一度の大きな出来事で生まれたものではありません。 想像もできないほど長い時間をかけて、大地と水がつくり上げた景観なのです。
岩の下から水の音?姿の見えない川の不思議
久井岩海には、もう一つ不思議な特徴があります。 それは「水の音」です。 三原観光協会の公式サイトには、岩に耳を当てると地下を流れる水の音が聞こえると紹介されています。 目の前に川が見えるわけではありません。 岩と岩の隙間、その下を水が流れているのです。 三原市の見どころマップにも、水の流れる音を楽しめる場所が紹介されています。 さらに興味深いのは、この地下水について、まだ十分に解明されていない部分があることです。 三原観光協会の説明では、水量や深さ、水源、そして水がどこへ流れていくのかについて、明らかになっていないとされています。 もちろん、岩海の地下に水が流れること自体は、地形や風化の仕組みから説明できる自然現象です。 それでも、姿の見えない水の流れに耳を澄ませるという体験は、普通の観光地とは少し違った面白さがあります。 なお、場所や水量などの条件によっては、必ずしも水音が聞こえるとは限りません。

実は国の天然記念物!府中市の岩海と一緒に指定された
久井岩海は、珍しい景色というだけではありません。 1964年6月27日、国の天然記念物に指定されています。 ただし、正式な指定名称は「久井・矢野の岩海」。 三原市久井町の久井岩海と、府中市上下町の矢野岩海が、一つの天然記念物として指定されているのです。 文化庁の資料によると、どちらも岩石の風化や侵食によって生まれた岩海現象を代表するものとして、学術上の価値が認められています。 さらに久井岩海は、2007年に「日本の地質百選」にも選ばれました。 普段は何気なく見過ごしてしまいそうな岩の集まり。 しかし、その姿には地球の長い歴史を読み解く手掛かりが残されています。 久井岩海が大切に守られているのは、景色の美しさだけでなく、自然の成り立ちを知るための貴重な場所だからなのです。
昔は牛も歩いていた?岩海と地域の暮らし
久井岩海の歴史を調べると、自然だけでなく、地域の人々との意外なつながりも見えてきます。 三原市のデジタルミュージアムには、岩海周辺での昔の暮らしが紹介されています。 例えば、昭和23年(1948年)頃までは、岩海周辺で牛を放牧していたと伝えられています。 そのため、当時は「牛ごうろ」とも呼ばれていたそうです。 また、昭和30年(1955年)頃までは、落ち葉を集めて田畑に入れたり、木材を薪などに利用したりしていたことも紹介されています。 岩海は、現在のように観光や自然観察の対象としてだけ存在していたわけではありません。 地域の人々の生活とも結びついた場所だったのです。 さらに、弘法大師が子どもたちのために柴栗を植えたという伝説も残されています。 こちらは歴史的事実として確認されたものではなく、地域に伝わる物語です。 自然科学の視点から見る岩海と、地域の暮らしや伝承から見る岩海。 両方を知ることで、この場所の魅力がさらに深まります。
今なら「くいの牛市」の歴史も学べる
久井岩海を知ったら、久井地域の歴史にも少し目を向けてみませんか。 三原市久井歴史民俗資料館では、2026年10月23日から2027年1月11日まで、企画展「くいの牛市」が開催されています。 久井は、かつて牛馬の取引で栄えた地域です。 三原市の資料では、久井の牛市は約1,000年続いたと伝えられ、西日本の三大牛馬市の一つとして知られていたことが紹介されています。 今回の企画展では、牛市に関係する道具や古文書などを通して、その歴史を学ぶことができます。 入館料は無料。開館時間は10時から16時までです。 ただし、休館日があるため、訪問前に公式情報を確認してください。 岩海周辺で牛が放牧されていたという記録と、久井の牛馬市の歴史。 この二つを合わせて見てみると、久井という地域が、自然と人々の営みの中で歩んできた姿が少しずつ見えてきます。
久井岩海に行くには?アクセスと見学のポイント
久井岩海があるのは、広島県三原市久井町吉田です。 三原観光協会の案内によると、山陽自動車道の三原久井インターチェンジから車で約30分。 現地には駐車場があり、乗用車10〜15台程度が利用できると紹介されています。 仮設トイレも案内されていますが、設備や道路の状況は変わることがあるため、出発前に最新情報を確認しておきましょう。 また、久井岩海は国の天然記念物です。 三原市の公園管理規則では、岩石を持ち出したり傷つけたりする行為、植物の採取などが禁止されています。 見学するときは、自然を傷つけないことが大切です。 巨岩の周辺は足元が不安定な場所も考えられます。歩きやすい靴を履き、無理な岩登りは避けましょう。 写真を撮るなら、岩石が谷に沿って連なる様子を広く写すと、岩海ならではのスケール感が伝わりそうです。 訪れる前に三原市のデジタルミュージアムで見どころマップを確認しておくのもおすすめです。
三原の「もう一つの海」を見つけに
三原といえば、瀬戸内海の景色や三原城跡、やっさ踊りなどを思い浮かべる人が多いかもしれません。 しかし、少し山の方へ目を向けると、まったく違った三原の姿が見えてきます。 約8,600万年前に地下で生まれた岩石。 長い年月をかけて風化し、谷に残された巨岩。 岩の下から聞こえる水の音。 そして、かつて牛が放牧され、人々の暮らしと結びついていたという歴史。 久井岩海は、自然の不思議と地域の物語が重なった場所です。 「三原に、こんなところがあったんだ!」 そんな発見を探しに、久井の山へ足を運んでみてはいかがでしょうか。
